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現在、テレビ業界の第一線で活躍中のディレクターや放送作家の方に、番組制作の裏側やテレビ業界を目指す人たちへのアドバイスをうかがう業界人インタビュー。
第1回は、数多くの人気番組の企画や構成を手がけ、最近では書籍の出版など、テレビ業界の枠を超えて幅広くご活躍の放送作家、すずきBさんにご登場いただきました。
今回はその前編をご紹介。テレビ業界を目指す人たちのために、放送作家のお仕事について、そしてテレビ業界に入るための秘訣について語っていただきました。
(取材:2005年4月1日) |
すずきBさん(放送作家) |
放送作家。1970年、静岡県磐田市生まれ。早稲田大学在学中に放送作家デビュー。
現在、「学校へ行こう」(TBS)、「HEY! HEY! HEY!」、「メントレG」(フジテレビ)、
「ぷっすま」、「内村プロデュース」、「タモリ倶楽部」(テレビ朝日)、
「三宅裕司のドシロウト」(日本テレビ)などの構成を担当。
著書に「業界人がススめる魂のレストラン」(アーティストハウス)がある。
公式ホームページ http://suzukib.net に食日記「Foodiary」を連載中。 |

――早速ですが、そもそも放送作家とはどのようなお仕事なのでしょうか?
すずきBさん ひと言で説明するのは難しいんですが、常に企画というか、番組を面白くするためのアイデアは考えてますね。そして基本的には何かを書いてます。
ゼロから新しい番組を立ち上げる場合での放送作家の仕事を挙げてみると、まずは企画書を作るための会議から始めますよね。こんな内容で、こんな放送枠で、こんなキャスティングでといった感じでアイデアを出して・・・。どうしたら面白い番組になるかを考えて企画書にまとめます。
そして、その企画が通ったら、実際にどんな番組にするかの構成会議です。どういうパッケージにするか、キャスティングをどうするか、具体的にどういうVTRを入れるか、スタジオを開くかオールロケにするか。プロデューサーやディレクターといろいろとアイデアを出して、内容を詰めていきます。
そんな構成会議があって番組の内容が固まってきたら、ロケに向けての準備です。会議を重ねて、ディレクターとロケの内容を考える打ち合わせをして、ロケ台本を書く。そうしたらディレクターがその台本を元にロケを行います。
ロケが終わって、ディレクターが撮影したテープをある程度、編集したら「もっとこうしたほうがいいんじゃないか」、「こんな映像が足りないんじゃないか」といったアイデアを出します。これがプレビューという作業。そして、編集してできあがったものにナレーションをつけるのも放送作家の仕事です。
――常にディレクターとコンビを組んでのお仕事になるんですね。
すずきBさん そうですね。編集中に突然電話が来て、編集所で相談に乗ることもありますし、放送を見てこうしたほうがいいと意見をすることもあります。人に説明する時、僕がよく使う言い方ですが、テレビ業界をレストランに置き換えてみると、ディレクターは料理人でプロデューサーはオーナー。そして、放送作家は、あちこちでいろんな店を見てきて、「あの店はこうしてたんだけど、アナタなら、こうしたらいいんじゃない?」とか、横から口を出す「料理人の奥さん」みたいな感じ。
ですから、フリーな立場で、良い言い方をすると客観的に、悪く言うと好き勝手にあれこれ言う。ダンナ(ディレクター)が落ち込んでいたら励ましますし、タイミングを見計らって、時には冷たい目線で言うこともある。こうしたことも放送作家の仕事です。
――なるほど。では、放送作家のお仕事について、もう少しうかがいたいんですが、お仕事の中で最もやりがいを感じる瞬間とは?
すずきBさん ある先輩作家さんが、「企画会議って、トンネル工事に似ている」って言ったことがあるんです。これは、まさにそうだと僕も思うんですが、番組を作る時って、「こんな企画をやりたい、でも、こんなのはできないんじゃない?」といった感じで、なかなか光が見えない。分厚い壁がいっぱい立ちはだかっているんです。でも、「面白そうだから、このトンネルを掘ろうよ」ということになって、どうやったら掘れるかみんなで考える。ただ、面白いことほど、お金がかかりすぎるとか、何かと似ているとか障害が多いんです。
そんな中、「こうしたら予算がかからないんじゃない?」とか、「こうしたら違って見えるんじゃない?」といった感じで壁を1つ1つ取り除いていくと、うっすらと光が見えてくるんです。そして、ついにトンネルが開通‥‥そんな時が一番興奮するというか、やりがいを感じる瞬間ですかね。
特に、自分の蒔いた種から芽が出て、それが番組という花として咲いた時は、
ついニヤけてしまいます。
――ありがとうございます。では、放送作家を目指されたきっかけとは?
すずきBさん 幼稚園の頃から『8時だよ!全員集合』にハマって、とにかくテレビが大好きでした。『花王名人劇場』とか『ひょうきん族』は、テレビの音をラジカセで録音して、友達と聞いたりしてました‥‥まだビデオがない時代なので。それで、中学生の時、ついに家にビデオが入り、『オールナイトフジ』を毎週のように録画してましたね。親にナイショで。それまでコントや芸人の言うことっていうのは、アドリブか芸人本人が考えたネタだと思ってたんですが、ある時、とんねるずが「この台本、(遠藤)察男が書いたんだよ!」とか言ってネタにしていて、台本を書く人が、他にいることを知ったんです。それで、いろいろ調べてみたら、台本を書く人は放送作家という職業で、『オールナイトフジ』のスタッフロールをチェックすると「構成:秋元康、遠藤察男」という名前が出ている。それを見て、「とんねるずのネタを考えるってことは、そっちの人のほうがすげえじゃん!」ぐらい思った記憶があります。また、たけしさんのラジオ、『オールナイトニッポン』を聴いてると、高田文夫さんという放送作家さんがたけしさんの横で、笑ったり面白いことを言ったりしている。そんなことを知っていくうちに、学校の文化祭的なノリが「面白そうだな」と思うようになって、「そんな世界に入れたらいいな」と、うっすら憧れを抱くようになりました。それが、放送作家という職業を意識したきっかけですかね。
――それで早稲田大学在学中に放送作家としてデビューされたわけですが、このあたりの経緯は?
すずきBさん 僕は、高校生の頃、「この世界に入ろう」と強く思った時に、秋元康さんのような、大学在学中に放送作家、というスタイルに憧れていました。なんとなく聞こえがいいでしょ?「学生にしてプロ」みたいな(笑) ですので、大学に入ってからは「何としてでも放送作家になろう」と、サークルもテレビの世界と直接つながりのあるところを探していたんです。で、入ったのが、「早稲田大学テレビ放送研究会」というサークル。ここには学生でありながら放送作家をやっている人や、大学は中退したけど既に放送作家、といったプロとして仕事をしている先輩が何人もいました。なので、この先輩たちに付いていけば放送作家になれるんじゃないかと思って、その先輩たちと親しくさせてもらったり、飲みに行ったりしていたんですよ。
そんな時、大学2年の夏かな、堀田延さんという先輩に、「テレビ朝日の水曜特バンで、『さんまのナンでもダービー』という特番を立ち上げるから手伝ってくれないか」と言われたんです。
――そこからテレビ業界へ?
すずきBさん ええ。それで「はい、喜んで」と、AD兼リサーチ兼放送作家見習いみたいな感じで、最初は雑用でしたが仕事を始めました。そこからはもう、仕事が楽しくて、学校も行かなくなってどっぷりそっちに行っちゃいましたね。
――夢が叶ったわけですか。ありがとうございます。
それでは、第1回の最後のご質問として、こちらのホームページを見ている方にはディレクター志望の方が多いと思いますので、少しディレクターに関することをうかがいたいと思います。
先ほど、ディレクターはレストランでいう料理人とおっしゃいましたが、やっぱり重要なポジションなんですね。
すずきBさん そうですね。どんなによい素材があっても料理人に腕がなかったらおいしい料理はできませんから。
逆に、腕のいい料理人というのは何でもできちゃうんですよね。優秀な料理人であるのはもちろんのこと、優秀なオーナーでもあり、優秀な女房役でもあり、優秀なウエイターでもある。自分で企画も考えるし、台本も書くし、予算も計算してるし、客観的だし。もちろん、人とコミュニケーションをとるのもウマイ。場を盛り上げる。この人たちは言ってみればレストランにおける優秀なオーナー・シェフで、僕が関わってる番組のスタッフロールには「演出」とか「総合演出」とクレジットされてる方々なんですが、やっぱり僕としてはこういう優秀な料理人に必要とされる女房役、本妻じゃなくて愛人でもいいから近くにいて、添い寝をしたいですね。
――なるほど。本日はありがとうございました。
次回は、放送作家になられてからのエピソードを中心にうかがいたいと思います。よろしくお願いいたします。
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